2011年6月25日(土 )
  今日は3ラウンドの1日となりました。午前中、第30回「てるてる坊主童謡まつり」を聞きにいきました。この祭典は池田町出身の浅原六郎さんの「てるてる坊主」の歌にちなんで開かれているもので、今回で30回になると知りまずびっくり。公民館一杯の参加者で、会染小学校合唱団の歌声には感動しました(写真)。
 続いて、池田町バラ愛好会(代表:村端 浩さん)のバラ園オープニング・パーティに参加。ロッジ赤い屋根のそばにあるバラ園には約100本のバラが色とりどりの花を咲かせていました。池田町にバラを鑑賞して憩える場を作ろうと昨年の7月から荒地を開墾しバラ園を作りだしたのです。その熱意と実行力に敬意を表します。勝山町長(写真)・矢崎商工会長も祝辞を述べ、大成功のパーティでした。
 午後は、白馬村の「原発問題を考える会」主催の講演会に参加。森の映画社景山事務所のDVD「福島原発で何が起こっているのか(56分)」を見たのち、鬼無里村在住の大日方聡夫(元日本大教授、原子物理学専門)さんの講演を聞きました。地球上で、原子力のエネルギーの持つ莫大なエネルギーを制御できる術はなく、その利用は誤りであると言う大日方さん(写真)の話には納得。  最後に心に残った平井憲夫(原発管理の被爆によりガンで1997年逝去)さんの話を紹介します。平井さんは原発の施工の専門家で、原発の施工・検査がいかにズサンなものかを体験に基づいて告発しています。その彼が北海道泊原発で講演に行った時、地元の中学生の女の子が涙ながらに訴えた話です。
・・・私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んでいて、24時間被爆している。(原発の煙突から出る放射性物質の吸引による?)原発の周辺、英国のセラフィールドで白血病の子どもが生まれる高いことも知っている。私は子どもを産んでも大丈夫なんでしょうか。何で、今になってこんな集会をしているか分らない。なぜ、最初につくるとき、一生懸命反対してくれなかったのか。私が大人で子どもがいたら、命がけで体を張ってでも原発を止めている。・・・・平井さんは訴える。「原発がある限り、世界に本当の平和はこない。優しい地球を残そう子どもたちに」  池田町でも原発の講演会を開き、町民みんなで原発問題を考えて行きたいと思います。
2011年6月24日(金 )
 先日、厚生連安曇総合病院の院長さんにお会いし、ご要望などをお聞きしました。安曇総合病院は池田町にあり、大北地域の中核病院として重要な役割を果たしています。病棟の一部が耐震化されておらず、新病棟を建築することが当面の課題です。
 建築に向けて池田町への支援要請をお聞きし、努力することを約束しました。こちらからも、新病棟建設に併せ、町民が憩えて便利な病院(食堂、喫茶室、買い物ができる等)となるようお願いしました。また、産婦人科の再開、病院入り口の歩道改善、透析患者さんの帰りの足の確保などについてもお願いしました。
 院長さんからドイツ ベーテルでの障がい者などを活かした町づくりの話をお聞きしました。ベーテルでは町の40%、8000人にのぼる障がい者や患者さんが職業を持ち、安心して天寿まっとうする生涯全員協働の町として有名です。一人の牧師さんの障害者職業訓練から始まった福祉の町づくりは、ナチスの迫害にも屈せず、135年も続いているのです。院長さんは、ベーテルまで行き、その教訓を同病院のクリーニング、食器洗いを障がい者などの職業としてやってもらうことを提案、現在、立派に稼働しています。
 べーテルの福祉の町づくりは鹿児島市など、その教訓を生かした取り組みが始まっています。池田町をべーテルのような福祉の町にしたい。その中核に安曇病院がある。これが院長さんの志です。どこまで力になれるか分りませんが、共に力を尽くしたいと思います。
(写真:孫娘の咲紀です。外を元気に歩けるようになりました。)
2011年6月19日(日)
  「きけわだつみのこえ」の巻頭言で有名な上原良司は池田町の鵜山に産まれました。上原良司の灯を守る会主催の「上原良司を偲ぶ会」が創造館で開かれ、「特攻の母と呼ばれた鳥濱トメの真実」と題して、知覧・ホタル館々長、鳥濱明久氏の講演を聞きました。そのなかで記憶に残った熊谷陸軍飛行学校の藤井中尉(良司など特攻隊員を教えた)の話を紹介します。
(上写真:池田町コールラベンダーのさわやかな歌声)
・・・藤井中尉は精神面の教官であり、飛行技術の教官ではありませんでした。中尉は「ことあらば、敵艦に自爆せよ、私も必ず行く」と教えていました。教え子が特攻隊員として散っていくのをみて、責任を果たすため自分も特攻隊員になることを決意し、2度も志願します。藤井中尉には妻と2人の幼子がいました。妻は反対しますが、中尉の決意に影響を与えるのを恐れて、親子で荒川に身をなげます。葬式をすませて、中尉は知覧にむかい、二人乗りの特攻機で沖縄にとびたちます。「われ、突撃せり」の通信を最後に帰らぬ人になります。・・・(下写真:藤井中尉、妻子、講演する鳥濱明久氏) 
 戦争の悲惨さを痛感します。大阪府の「君が代」を歌わない教師罰則条例、改憲の動きなどみるにつけ、戦後守ってきた平和憲法は絶対に守らなくてと思います。
2011年6月15日(水)
  今日は始めての一般質問で、原稿を何回も推敲して臨みました。今回は震災対策で何人も質問していたので、重なる部分は質問を省略しましたので、傍聴者にはわかりずらい内容となってしまったかもしれません。
 質問内容が多かったため、時間の関係上、やもう得ない面もありますが、今後はもう少し工夫をしたいと思います。ただ、もう少し確認しておくべき内容もあったかなと思います。この点も反省事項です。
 それでも、多くの前向きの回答をしていただき、良かったなと思います。
 具体的には、町地域防災計画の見直し、高瀬川のダムの安全性についての関連市町村での調査検討委員会(仮称)の立ち上げへの働きかけ、町の事業内容がわかる予算説明書の作成・配布、福祉内容のわかりやすい説明書の作成などです。先の町議選での政策の内容が取り入れられ、池田町も変わってきたのかなと思いました。うれしい限りです。 
 やりとりの詳細は後日アップしますが、今日のところは質問内容の概要をアップします。今後は震災・原発問題の講演会の開催を計画していきたいと思います。
 2011年6月10日(金)
 今日は6月町議会の初日でした。10時に開会し、町からの報告事項の説明があり、東日本大震災に関する決議の上程があり、私が提出者として説明し、全員一致で採決されました。町議会として今度の大震災への思いを決議としてアピールできたことは良かったと思います。
 午後は、22年度予算の補正など承認案件があり、質疑の後、全ての案件が全員の賛成で承認されました。続いて議案3件(震災に伴う被災者救援を目的とした税条例の改訂、23年度一般会計予算補正など) の説明があり、質疑の後、2件が委員会に付託されました。6日の全員協議会で報告案件、承認案件、議案の資料が渡されましたが、膨大な内容であり、充分に精査できずに態度表明せざるを得ませんでした。これから勉強しなければと痛感しました。来週は委員会審議(13日)、一般質問(15日)があります。初体験で不安一杯ですが、頑張ります。
 2011年6月9日(木)
 露に入り、蒸し暑い日々となりましたが、我が家のシャクヤクが綺麗に咲きました。
 服部議員から話があった5月下旬の大雨災害の滝沢地区のマレットゴルフ場横の沢の土砂崩落の現場をみてきました。沢の入り口ではたいしたことがないように思われますが、沢の奥では集中豪雨により大量の土砂が崩落・流下し、沢筋が埋まっていました。今回は事故発生には到りませでしたが、沢の下流には滝の台団地の民家があり、土石流による災害が心配です。一刻も早い対策が必要です。
 2011年6月4日(土)
 長野県高齢期運動連絡会の総会が長野市で開催され、栄村の元村議の広瀬 進さんの「栄村大震災から学ぶもの」と題しての講演があり聴きに行ってきました。栄村の3月12日の地震発生から、避難所での生活、現在までの取り組みについて体験に基づいて話され大変参考になりましたのでその要旨を記します。
・M6,震度6.7の地震で立っていられなかった。地震後1週間は何を食べて暮らしたか思いだせない。旦那さんがタンスの下敷きになり、奥さんが隙間を作り、助かった例 。地震がおさまり家か飛び出て、長靴をとりに戻り家から出たすぐ後に家が崩れた例。家屋診断で赤紙を貼られた家には必要な物があってもはいれない。
・第1避難所のドーム型の倉庫に行ったが、雪で戸が開かなかった。雪のことは検討していなかった失敗談。避難所は小学校であったが、集落ごとに別の教室に入るようにした。この措置は中越地震の山越村の「集落自治を守る」に基づくものであり、集落毎の情報伝達やコミニュケーションが容易にでき喜ばれた。その後、広瀬さんの集落は飯山市の33戸のあき住宅に避難した。仮設住宅の建設も集落の希望数を集落の場所に建てるべき。
・田の陥没はわずかでも、水を張れず修復を要するので、田・水路などの被害実態は今でも把握できない。仮設住宅の建設戸数、家・瓦礫の解体・処理費、田・水路の復旧費などはの要求は多くの人(団体)から村役場に上げるようにして、費用を国から出させ村人の負担を少なくしないと復興は無理。
・住民の声をたいせつにし、村まかせにしない高橋村政の住民自治の村づくりが、震災復興に生きている。全国の支援を力に必ず元の村になるように頑張る。
 2011年6月2日(木) 
  6月1日は日本共産党池田ファンクラブ主催のマレットゴルフ大会でした。露の晴れ間に20数名の会員が集まり、新緑とアカシヤの花が満開のなか楽しいマレットで心地良い汗をかきました。終了後、多目的センターで一品持ち寄りの懇親会を行い、山本前町議の失敗談、高齢者の性生活などの話題が出て、腹をかかえて笑いました。私も選挙の御礼と新議会の動きなどを報告させていただきました。村端さんの救援物資の配布に女川に行ってきた話には感動しました。楽しく・有意義な集会でした。
 6月2日は正科と滝沢の増水現場を見てまわり、改善要求をまとめ建設水道課に話に行ってきました。住民参加のワーキング方式で建てた松川村の「鈴の音ホール」の取り組みを、鈴の音ホールの担当者から聴き、大変参考になりました。
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