プロフィール

ご挨拶

四年前、私は故郷「池田町」を「暮らしやすく・美しく・町民が生き生きと活躍する町」にしたいと思い、立候補しました。その実現に向け、町民の声を調査し、県内外で開かれる地方議員研修会で学び、テーマを決めた現地調査に出かけて考えをまとめました。それらを基に、定例会の一般質問などで町に提案してきました。町民の皆さんのご協力、町の取り組みもあり、次のような成果を上げることができました。

  • 国の制度を用いての地域集会場・消防詰所の改築
  • 町営バス通学定期運賃の半額化と明科高校までのバス乗り入れ
  • 地震など異常発生時の高瀬ダム事業者と町との連絡体制
 

今後も初心を貫徹し、国の福祉の切り捨てから町民福祉が後退しないよう、安心して暮らせる町を目指して頑張ります。
今、町の状況はアップルランド池田店の閉店にともない、町なかの町民が歩いて行ける買い物の場がなくなり、本当に不便な町になってしまいました。これでは、人口減を食い止めるための若者定住を進めることはできません。なんとしても、町なかの買い物の場を復活しなければなりません。
 また、今、町に安倍暴走政治により福祉削減・地域農業の破壊などの大波が押し寄せてきています。福祉の面では、国は介護保険要支援を今年の4月から平成30年3月までに市町村事業へ移行することを決まりまりました。市町村事業での介護サービス低下が心配です。また、安倍政権は自治体が行っている医療保険である国民健康保険事業を平成29年から県単位の事業にする広域化を計画しています。広域化になった場合、保険料の負担を抑えるために市町村が行っている国保会計への一般財源の繰り入れができなくなり、保険料の値上げが心配です。また、農業政策の面では、安倍政権はTPP(環太平洋連携協定)を押し進め、稲作農家を支援する減反交付金を平成30年にはなくすなど家族農業の稲作づくりを止めさせ、日本の農業(特に稲作)を破壊しようとしています。更に、安倍政権は地方自治破壊の「道州制」につながる「地方中枢拠点都市構想」を進めようとしています。今度の一斉地方議会の選挙では、町民福祉と町の基幹産業である稲作を守るため安倍暴走政治を押しとどめるため、共産党の躍進を勝ち取らなければなりません。
 私は地域資源を皆で見つけ出し地場産業として育て、住宅リフォーム助成制度の復活など地域循環型の町経済を発展させ、有機・低農薬の農業を進め、蛍の飛び交う自然生態系豊かな美しい「花とハーブの里 池田町」を目指します。更に行政への町民参加を進め、町民と行政が力を合せより良い町となるよう皆さまとご一緒に頑張ります。また、池田町議会基本条例に基づき、町民の声を聴き、政策提言できる議会となるよう力を尽くします。        

2015年3月1日

四年前の私の挨拶

私は松本で生まれてからすぐに池田町に移り住み中学校卒業まで池田で暮しました。当時は、農薬散布が行われなかった時代だったので田は生物で溢れ、シオカラトンボを採集したり、イナゴやタニシを家族で食べた思い出は忘れられません。また、朝日を浴びた北アルプスの雪の頂を見ながら、小学校の校庭で興じたスケートも楽しい思い出です。私を育てくれた故郷「池田町」を「美しい村」にふさわしく「美しく・暮らしやすく・町民が生き生きと活躍する町」にしたい。そのために力を尽くしたい。これが、私の思いの原点です。

高校生活は松本で過ごしましたが、へたな横好きで卓球部に入り、高校から松本の北の入口の新橋までの坂道(約5Km)を毎日マラソンし、体を鍛えました。

高度経済成長期のなか仙台で学生時代を迎えますが、今からみると平和な時代でした。当時は学生運動が盛んで、皆が人生の生き方を真剣に模索していた時代でした。佐世保の原子力潜水艦寄港反対デモや青葉山移転反対学園紛争などに参加するなかで、科学的社会主義の理論を学び、「平和で、働く人が報われる世の中にしたい」との思いから日本共産党に入りました。大学では水産の勉強し、長野県の水産試験場諏訪支場に就職しました。

諏訪には通算で22年間を過ごしますが、当時の諏訪(旧長野3区)は農村県でありながら「林百郎」共産党衆院代議士を早くから国会へ送りこんでいました。その原動力は東洋バルブ、オリンパス、帝国ピストン、ヤシカなどの民間経営と地域で頑張っている党員が労農同盟の拠点を目指しての頑張りでした。そんな姿に感化され、組合運動で粘り強く頑張りました。

仕事では、諏訪→明科→佐久→諏訪→明科→佐久と水産試験場のなかで転勤し、諏訪でアユ、明科でニジマス・信州サーモン、佐久でシナノユキマスの種苗生産や飼料研究などに取り組みました。公務員生活37年のうち15年は単身赴任生活(30歳の頃から池田町現住所)でしたが、家と母を守ってもらった妻には深く感謝しております。

60歳で定年退職し、池田町の共産党後援会の会長を頼まれ、引き受けることにしました。名前をファンクラブとし、経験豊富な編集長(村端 浩さん)のもと日本共産党池田ファンクラブニュースの発行を基本にキノコ狩り、マレットゴルフ大会、懇親会などの諸行事を行い、07年町議選、09衆議院選、10参議院選を闘いました。特に、ファンクラブニュース100号記念イベントとして木曽町町の共産党員町長の田中勝己さんを招いての「町づくり講演会」を成功させたことは意義深い活動でした。

池田町のことを勉強したいとの思いから町のガイドマスター会に入り、池田町の歴史や文化を学び、町議会の傍聴は欠かさず参加することにしました。町政についての研究会(略称:町けん)を有志で行い、自治体問題研究社の市町村議員研修会にも参加し、地方経済活性化などの勉強し、共産党池田支部機関紙「池田民報」の編集も始めました。そんななかで、北海道のニセコ町が「町づくり基本条例(町づくりの基本原則を定めた町のミニ憲法)」を作り、町の情報公開を徹底し、町民が町づくり参加しやすいシステムを作り、町民の自発性に基づく「町民主役の町づくり」をしていることを知り、衝撃を受けました。 また、全国の多くの自治体が「議会基本条例(地方議会の運営を定めた条例)」を作り、議会が住民の要望を積極的に聞き、要求を条例化して実現していることを知り、池田町も学ぶ必要があると思いました。

日本共産党池田支部の町政アンケート調査のとりまとめを行っていますが、・・・

  • 収入がなく医者に行けない、お金の心配なく医者へ行きたい。
  • 介護保険料、国保料が高い、年金者には大変。
  • 車の運転ができない高齢者のタクシー代負担は大きい、引っ越しを考えている。
  • 上下水道料・ゴミ袋代が高い。・・・

など切実な声が寄せられており、身につまされる思いです。 憲法25条で認められているように、国民は健康で文化的な最低限度の暮らしをする権利を持っています。長年続いた自民党の「国民の生活よりも財界・大企業の利益を優先する」政治、これと変わらない民主党の政治により、国の福祉施策はずたずたにされ、シャッター通りで象徴されるように地域経済は疲弊しています。

そんな時、地方自治法の第一条で述べられているように自治体は「住民福祉の増進」の役割を果たすことが求められています。しかし、小泉改革以降、地方交付税は減らされ、福祉・教育などの交付金も大幅に減らされ、自治体で自由に使えるお金は減少しています。

池田町の一般会計(47億円)のうち町税などの自主財源は27%にすぎず、地方交付税・県支出金などの国・県がらみのお金が60%を占めています。小泉改革による地方交付税の減を元に戻し、保育所や学校、国民健康保険などの補助金の減も元に戻すことが、池田町の財政を立て直し、町民福祉の充実につながります。つまり、暮らしやすい地方政治にするには、財界・大企業の利益を優先の国政から国民生活優先の政治に変える必要があります。その上に立って私は次の三点を基に活動を行います。

  1. 1.町民の声と願いをよく聞いて、町と議会に届け、その実現のため頑張ります。
  2. 2.全国の優れた経験を研究し、建設的提案を行い、町政を前に進めます。
  3. 3.住民目線で行財政をチェックし、合理的な行財政を目指します。
 

特に、町民が生き生きと町政に参加する池田町を目指して、池田町にあった「町づくり条例(自治基本条例)※」を制定へ、皆さんとともに力を尽くします。

今回、山本久子議員からバトンタッチをすることになりました。山本議員は4期16年にわたり、精力的に議会活動を行い、町民要求実現に多くの実績を上げ、気さくな人間性により町民や町関係者からも信頼されています。特に、特技のパソコンを駆使してのホームページによる情報発信や議員活動を毎月町民に知らせる「久子通信」の発行は全国的にも先進的な活動として高く評価される活動です。

山本議員の指導も受けながら、「新たな風を町議会に吹き込む」ため精一杯頑張ります。

※自治基本条例:住民自治をすすめるため自治体運営の基本原則(住民と行政の情報の共有化、住民の行政参加、町長・行政・議会の責務など)を定めた条例、町のミニ憲法。2001年4月に施行された北海道ニセコ町の「ニセコまちづくり基本条例」が最初と言われており、全国の多くの自治体で制定している。

2019 11月27日 民主長野に掲載
私の議員活動   薄井孝彦

私は故郷・池田町を「暮らしやすく、産業が振興する町」にしたいと思い8年前に立候補し、3期目に入りました。私の議員活動を紹介します

1. 町民の声を聴き、政策提言に活かす。
 共産党池田支部では、町議会選挙の半年前から町民の方から町政の声を聴くアンケート調査(回答数340世帯、回答率8.5%)を行い、それを基に支部で討議し、選挙前に町議選政策を発信しています。議員活動の基はアンケートで寄せられた声を町議選政策となります。また、町民の方から直接いただいた声も一般質問などで町に提言しています。
明科高校の始業時間に間に合うように町バスの明科高校への乗り入れ、他市村に比べて低い人間ドック補助金の大幅増額、町民が使いやすいよう地域交流センター料金の半額化などは町民の方からの声を聞き、町に働きかけ、実現しました。

2. より充実した一般質問に。
~地方議員研修会で学び現地調査を行い、原稿を練る~
 一般質問に関連する事項はインターネットで検索し、問題点や対策を把握し、近隣自治体に行き取り組みを聴き、参考にします。また、良い取り組みを行っている所には遠くでも視察し、自治体問題研究所などが行う地方議員研修にはなるべく参加するようにしています。全国クラスの研修会に行けば、新しい情報が得られるからです。
私が重点として取り組んできたことに、「災害対策」があります。災害に対する知識を拡げるため、ぼう災士の資格をとり、町にぼう災対策を提言してきました。ぼう災係の新設、ぼう災担当者のぼう災士資格取得、池田町ぼう災士会の立ち上げなどは、私の提言もあり実現しました。
その他、国・県の制度を活かした地域公民館の新築やそこでの体操運動の推進、町民に多い高血圧症対策に向け健康診断時の「尿塩分検査」の実施、人口増対策としての移住定住補助金の新設、国の「新婚生活援助補助制度」などは他市村の取り組みを参考に一般質問で政策提起し、実現しました。
 なお、一般質問の趣旨、資料などは事前に担当課長に説明し、行政との意思疎通を図るようにしています。町の考えの一端も分かり、前向きな回答が得られるようになったと思います。

3. 議会・議員活動の情報を町民に知らせる。
 私は月1回の活動報告「たかひこ通信)を発行し、定例会の度に池田民報及びホームページ(http://web-ariakesan. com/、ブログ)で随時、情報を発信しています。この方式は前町議が編み出しました。先輩議員のやったことは引き継ぐ思いから立候補前にパソコンスクールに通い、ホームページの作り方とインストラクターを使ってのビラづくりを覚えました。
「たかひこ通信」はJPCファンクラブニュースと宛名のシールを貼った封筒に入れ、担当地域世帯の58%の世帯に入っています。地域の方から「町のことがよく分かる」と言われます。なお、ホームページには、私と服部議員の一般質問や町政政策などを掲載しています。
共産党町村議員でホームページやブログ、フェイスブックなどのSNSで情報発信している人は少ないように思われます。情報化の時代ですので、多くの議員さんとの情報交換をしたいと考えています。

4. 他議員と共に議会活性化に取り組む
 今年4月の町議会議員選挙も無投ひょう選挙となり、2回連続の無投ひょうでした。町議会では「議会改革委員会」を9月議会で立ちあげ、議員のなり手対策に取り組んでいます。議員のなり手が増えるよう取り組みを実践していかなければと思います。
議会への町民の理解が進むようにしなければとの思いから、議会基ほん条例を制定に取り組み、今、「池田町食育条例」や「乾杯条例(地酒の振興条例)」の制定に向け、同僚議員と共に取り組んでいます。

5.広域連携での議員活動を
 近隣市町村の共産党議員7人で月1回会議を持ち、情報交換や一般質問などの論議を行っています。また、ぼう災対策で高瀬ダム上流を探索し、国交省大町ダムや東京電力との懇談を行いました。今年8月にはデマンド交通の視察で駒ケ根市や朝日町を見学しました。 今、地下水保全対策が大きな課題となっています。中信地区の党議員と連携して取り組んでいきたいと思います。

最期に、共産党議員には国や町政を変えていく共産党綱領と政策があります。これを指針に地域に合わせて研究し、更に、頑張りたいと思います。








経歴

  • 1946年
  • 松もと市に生まれる
  • 1958年
  • 池田町立池田小学校卒業
  • 1961年
  • 池田町立高瀬中学校卒業
  • 1964年
  • 県立松本深志高校卒業
  • 1968年
  • 東北大学農学部水産学科卒業
  • 1968年
  • 日本共産党入党
  • 1968年
  • 長野県水産試験場諏訪支場勤務
  • 1974年
  • 結婚
  • 2006年
  • 長野県水産試験場佐久支場退職
  • 2006年
  • 日本共産党池田ファンクラブ会長
  • 2007年
  • 長野県水産試験場勤務(再任用)
  • 2009年
  • 長野県水産試験場退職
  • 2011年
  • 池田町議会議員選挙立候補

2011年3月11日